AGE of NOVO #007
INDONESIA
SUMATRA MANDHELING ACEH MicroLot
BEAST MOUNTAIN
インドネシア スマトラ島 マンデリン アチェ マイクロロット ビーストマウンテン [PDF]
「ん?これは、広池さんのところの豆かな?」
柔和なコーヒー先生の笑顔が少し、険しくなる。AGE of NOVOの第六弾「TRUE BLUE」のカッピングをしているとき。
「はい、スマトラ島のリントンというところで、もうマンデリンと言えばこれ!と大人気なんですよ」
弊社でコーヒーを学ぶメンバーが明るく答えると、コーヒー先生は元の柔和な顔に戻られた。
コーヒー先生とは、弊社の長年のパートナー様、日本珈琲貿易の本部長を長年勤められ、50年にも渡るそのご経験から、まさにコーヒーの生き字引ともいえる、Yさん。70歳を超えられて同社をご勇退されてからは、弊社の若手メンバーたちなどに定期的に、コーヒーを教えに来ていただいている。
Y先生は、広池さんの豆に厳しい。
広池さんとはスイス本社、生豆専門商社ボルカフェの日本法人の社長、まだまだ若いものには負けられないというスイッチがカチャリと入った気がした。
「たしかにこれは良い豆やね、ただ広池君はこの記事ではリントンがマンデリンの産地の最高峰と言ってるみたいやけれど、おそらくアチェの豆の方が良いやろうね。」
確かにリントンor アチェ、それがスマトラ島、マンデリン の産地では二大巨頭と言える。
「では日本珈琲貿易でアチェで最高のマンデリン 、オリジナルで作ろうやないか、ちょっとヒロハタに連絡するわ」
とかつての部下ヒロハタさんに電話、そういやあいつは辞めてからは年賀状をよこしよらんな、とニヤリと老害風味のスパイスを炸裂されながら、アチェのあれあるやろ、とっておきのあれあれ、そうそう、そのサンプル豆をダイイチデンシさんに送っておいて、とオーダーされ、コーヒー先生はスマートフォンを満足そうにおかれた。その顔にはこう書かれているようにみえた。
「広池よ、インドネシアの本当の最高峰を教えてやろうではないか」
しかし、弊社としてはAGE of NOVOの第6弾がマンデリンの最高峰で、第7弾もマンデリンのもうひとつの最高峰。
そんなマンデリンが続くラインナップはちょっとどうかなぁと思っていたころ、ヒロハタさんよりサンプルが届く。
そしてY先生の定例コーヒー教室の機会に一緒にカッピング。
リントンとはまた全く異なる、本当に趣き深いコーヒーがそこにあった。
リントンはややハーブっぽい香りのやや癖のあるフレーバーが売りだが、アチェにはそれがなく、透き通るようなクリーンな味わい。
一般的なイメージのマンデリン特有のワイルドなフレーバーがなく、丁寧に作られたクリーンカップ。確かにもうひとつの最高峰というにふさわしい味わい。
「どや、ボルカフェに負けてへんやろ。」とY先生はニタリ。
どこでこんな凄い豆をというものが、まさに鶴の一声でやってきた。そしてボルカフェに負けない価格で出すようにとヒロハタさんに厳命…さすがコーヒー界の野中広務と言われたレジェンド…
こうして第七弾のオリジナルブランド作りが決まった。
さて、アチェと言えば、今はインドネシアの州のひとつだが、17年前、大きな被害をもたらしたスマトラ沖地震の前までは独立を目指すメンバーと、インドネシア政府軍が熱く戦っていた特別な地域。さらに古くはインドネシア全体がオランダの植民地のころより、独立運動が激しかった地域。アチェ族やガヨ族といった民族がメインで、インドネシアでも独特の風土を持つと聞く。
インドネシアは横に長い島国で人口2億7350万人ほどの大きな国だが、アチェはその西の果てにあり、石油や天然ガスなどの資源も豊富な重要な地域。イスラム教徒が多いインドネシアの中でも最もイスラム教を熱心に信じている場所としても有名だ。
お酒が飲めないのはもちろん、ラマダン(特定の時期は太陽が出ている間、断食する)まではインドネシア全体と同じだが、アチェはより厳しく、例えば公の場所で男女が手をつないだりするのも禁止、今でもこれらを破ると公開で鞭打ちの刑などタイムスリップ的な刑罰がある。
イスラム教は砂漠のある地域など自然環境が厳しい場所で人気がある、コーランの教えを絶対とすることで社会のルールをより厳格に守ることで、長年生き延びてきた歴史や文化がある。私たち日本人だと若干引いてしまう厳格なルールも、同じ島国でも日本や英国などとはまた異なる環境によるものがあるだろう。
しかしそんな日本人の中でも特に軟弱な私はあまりアチェには行きたくない、行った方に聞くと、着いた瞬間に「ちょっとピリっとする」と言われる。公開の鞭打ちなどのイベント以外はさほど娯楽もなく、もちろんお酒を飲むこともないので夜にはホテルにいるしかなく、朝は四時半にはコーランのお祈りの大きな爆音で目覚める街。
日本珈琲貿易さんで最近、最もアチェに行かれているIさんに、ヒロハタさんを通じて取材をお願いし、現地の写真などもいただきながら、貴重なお話をお聞きした。
「そうですね、アチェねぇ、たしかにウチの会社はほら“ガヨマウンテン”という昔からの有名ブランドもあるので、アチェには物凄くこだわっているんです。だから定期的に行くメンバーが必要で、最近はそれが僕みたいなムードなんです。もう入社して何も知らない頃からアチェに行きました。逆に知ってからだと、行きたくないとゴネたでしょうね(笑)」
ガヨマウンテンとは、日本でもベスト3に入るコーヒー専門商社の日本珈琲貿易さんが社をあげて流通させたアチェ産の伝説のブランド。おそらくアチェという地名よりも、コーヒー好きにはガヨマウンテンのブランド名の方が有名だろう。同じインドネシアのスラウェシ島でキーコーヒーさんがトアルコトラジャを有名にしたように、ガヨマウンテン伝説を作り上げられた。なるほど…それでY先生はアチェが最高峰と…ご勇退されても魂はまだ日本珈琲貿易さんにあられるようだ。
Y先生がアチェの産地、タケンゴンに行かれていた頃は、飛行機が落ちる危険が高いといわれていたらしく、スマトラの州都のメダンから13時間ぐらいの険しい山道を車で行かれていたそうだ。
ただI氏に聞くと、もう最近はメダンから飛行機でアチェのタケンゴンに行く、と言われる。
「じゃあ今は飛行機は安全なんですね。」
I氏「いやぁどうでしょう…車で13時間、ガンガンに揺られるか、えいや!と飛行機に乗るかの選択ですよね。飛行機もなんかボロくて、乗る時にはたまに体重測定があったりもするんです。ほら、重量を左右に分けて、バランスを取るんじゃないですかね。」
と、写真を見せていただいた。
「なかなか最先端でしょ?(笑)これに全てをかけて、私たちは飛び立ちます。」
これが商社マン魂だろうか、気合いが入っている。そしてアチェでの話を聞くと、ひたすらストイックな日々…社員研修で禅寺に入れられているような…そこに定期的に行かれていて、コロナ禍が収まるとまた行くことになるだろう、とI氏。
「そういう産地との打ち合わせなどはZOOMとかでは難しいですか?」
「コロナ禍ではそうしてますけど、いつまでもそれではちょっと厳しいですね」とI氏。
やはり異国の民族と信頼関係を築いて、こちらの指定通りに丁寧に生産してもらうには、厳しい道のりでも行くことに価値はありますよ。と。
「しかし、落ちるかも知れないと言われる飛行機に乗って通うほどの、価値ってなんでしょう?」
少し意地悪かもしれない、しかし踏み込んだ質問をしてみた。
アチェに限らず、コーヒー産地は危険なエリアや国が多い。さらには良い豆は大抵、標高の高いところで取れるため、街からその産地までもかなり遠く、時には危険なエリアを超えていくときもある。
エチオピアのように今も内戦をしているような国もあり、内戦に巻き込まれて、ヘリコプターで救出してもらったコーヒーチームの人もいると聞く。
YouTubeでコーヒーをドヤ顔で話しているバリスタさんなどは、もっと安全なところで、楽しくコーヒーによるあれこれを披露し、お客様を楽しませている、そっちの方がよくないだろうか。
「そうですね…なんでしょうね、ちょっとその命をかける価値が、何なのかまではわからないです。」
「まさか、上司に言われてやむなく、ではないですよね?」
と、私が失礼な煽りをするとI氏はしばらく考えこんで、そして話し出された。
「そうですね、やはり美味しいコーヒーを得るためです。そこには互いの信頼関係が不可欠だからでしょうか。アチェのコーヒーは間違いなく美味しいですからね。その価値と関係性をキープするために、必要だと納得できれば、人知れず苦労するのが私たちの仕事なのかもしれません。」
横にいるヒロハタさんもウンウンと頷く。ヒロハタさんも最近では治安の回復しないコロンビアの山奥から、本当に素晴らしい豆を届けていただいている、きっと同じ想いがあられるのだろう。コロナ禍で働かれている医療従事者の方々のように、災害から復旧を目指される電力会社の方のように、たとえ厳しい道のりでも必要とされる仕事にかける想いがあられるのだろう。
そんな豆は物凄く美味しい。そして、限りがある。
ここ2年ほどはコロナ禍の様々な理由で供給が遅れてしまい、STAY HOME下の家飲みコーヒーブームで、高まる年間の需要が供給スピードを超えて、次のシーズンの豆が来るのを待たずして売り切れてしまう豆もチラホラ。最近は、お客様からそんなに簡単に売り切れる豆は扱いづらいともお声をいただくこともあり、その度に申し訳ない想いになるが、反面こうも言えるのではないだろうか。
いつまでも売り切れない豆にはあまり魅力はない。
それらは出来がイマイチで、チェックが甘かったために、農園とのつながりが薄い商社がつかまされてしまった豆かもしれない。または、相場価格にあわせただけの、誰が作ったかわからない、生産者の顔が見えないものかもしれない。
I氏は言う。
「なんかアチェの人はね、顔が凛としているんですよね。仕事も丁寧で、誇りをもってやっている、そんな目力があるんです。ヘラヘラしていない。」
まるでファベーラの路地裏で、プロを夢見てひとりサッカーボールを蹴る少年のように、コーヒー作りに向き合っている。虎や象も潜むと言われるアチェの山々の住人たちには、都市の人間が忘れてしまった、無骨で、凛とした民族の誇りがあるように聞こえた。
そんなIさんのお話を聞くうちに、第7弾の名前が思いつく、「ビーストマウンテン」。
山の奥深くに潜む野獣のような野性味は、アチェの黒くて豊かな土壌から生まれ、そして武器を捨てて農民に戻ったアチェの人々の丁寧な仕事で、一杯のコーヒーに閉じ込められた。
なお、日本珈琲貿易さんのガヨマウンテンはフルウォッシュの精製方法だが、こちらの「ビーストマウンテン」は古来からスマトラ島に伝わるマンデリンの精製方法でややワイルドに、クリーンな味わいの中にも残る野性味が持ち味、それをより前に出して仕上げていただいている。
29年にわたり自由と独立を求めていたアチェのひとたちは2004年、津波の被害があまりに激しく、もう争っている場合ではない、恨みを忘れて協力しあうときだ、もう戦いはやめようと、山をおりて、銃をおいて、休戦したという。そしてアチェはインドネシアの中でアチェ州として残り、一定の自治を得た。今も残る独特の風土は、そんな長年の内戦の恨みを捨て、共に生きようとしたことで、治安が回復し、平和な日々の中で文化として残った。それらが作られるコーヒーのテロワールの中にもつまっている。
やや深煎り、フルシティローストにすると、ビターな中にも2割ほどのココアのような甘さが残る。まるでピリッとした空気の中にも、人々のぬくもり、日々への感謝、仕事ができる喜び、そして誇りが残るよう。
そして、それらを長年にわたりアチェから日本に繋いでいただいている日本珈琲貿易の歴代の商社マンたち、勇退されたコーヒー先生の、コーヒーにかける情熱もそこにはぎっしりと詰まっているだろう。
ただの窓際サラリーマンでは持ちえない、仕事にかける誇りとともに。
取材・写真ご協力:廣畑様・岩佐様(日本珈琲貿易株式会社)、Y様(ex日本珈琲貿易)
[生産地]スマトラ島 アチェ州
[標高]1,400-1,600m
[精製]スマトラ式(ウェット ハル、 天日乾燥)
[品種]ハイブリットティモール、カティモール
[CUP]Full-body, Bitter chocolate.
インドネシア スマトラ島 マンデリン アチェ マイクロロット ビーストマウンテン[PDF]