「織田信成もね、見てくれたのよ。」

突然、奥様が言われた。

どこの戦国武将のことかと思ったが、
どうやら違うよう。
あのよく泣く、引退したフィギュアスケートの選手のことだ。

ここは京都、嵐山駅より少し北に、
嵯峨といもいわれる場所の珈琲焙煎所、
「AriCafe 嵯峨焙煎所」さん。




脱サラをされた有川さんと、その奥様、
ご夫婦で始められたコーヒーと珈琲豆の専門店。



主に外国人観光客でごったがえす、渡月橋、竹林への道の少し北。
ちょっと人込みを離れた、閑静なエリア。




しかし4月末にオープンされて2か月半、早くも噂を聞きつけ、
テレビの取材が来られたという。

関西の人気長寿番組「よ~いドン!」内の人気コーナー、
「となりの人間国宝」だ。




「本当は円広志が良かったなぁ。」と、
関西の人気情報番組では、ベテランの出演者の名があがる。

「でも織田君はね、美味しいって言ってくれたのよ。
 ほらあの方、世界中でフィギュアの大会出ていたから、

『僕は、世界中の珈琲を知っているけど、ここは本当に美味しいって』

 …まぁ美味しいのは当然よね。
 焙煎したての、スペシャルティだから。」と奥様がニヤリ。

 

もともとご主人の有川さんは珈琲好き。
誰もが知っている大手企業に勤められていて、
定年を機に第二の人生のスタートとして、
好きな珈琲のお店をやりたいと、
最初にショールームに来ていただき、
お話をいただいた時のことを思い出す。




珈琲店をやるなら、自家焙煎と思っていたが、いざ定年され、
今から焙煎士の修業するようなのは厳しいなぁというところ、
弊社のサイトを見られ、そして購入を決めていただいた。




焙煎機のオーダーをいただいたときは、およそ2か月待ち。
その間にお店の顔となるブレンド珈琲を作りたいというご要望。

最初はこちらに来ていただいた時にヒアリングしたものをブレンドし、
焙煎してお送りしたが、少しイメージと違うというお話。

たしかに長年の夢でもあられたお店の顔となるブレンド、
本来は納品させていただいてから、
お店でじっくりお作りいただくのが一般的だ。

しかし、そこは京都のお客様ということもあり、
京都本社のショールームにある焙煎機と生豆を好きなだけ自由に使っていただき、
納品まではダイイチデンシ内でブレンドの試作をいただくことにさせていただいた。




そんな有川さんの2度目の訪問は、
生憎、私は上海の展示会で不在であったが、
その時は、奥様も来られて、
無事にご納得のいくブレンドが仕上がった。




そこでは思わぬ副産物があった。
まったく珈琲が好きではなく、ゴリゴリの紅茶派であった奥様が、
同行されて、コーヒーのブレンドを試すうち、
珈琲に目覚められたのである。

「あんなに好きじゃなかった珈琲なのに、
 これ飲める!美味しい!って、珈琲の泥沼にそこでどっぷり。
 はまっちゃったのよ。」

奥様は熱く語られる。

「新鮮で良い素材、5%しか日本にないスペシャルティコーヒー。これね。
 今まで飲んでいた珈琲は、コーヒーじゃなかったのね、ほら貴方のところの
 機械の子が教えてくれたのよ」

そういえば来られた期間は、上海の展示会で珈琲のメンバーがいなかったため、
エンジニアのメンバーがブレンドのご相談に乗らせていただいた。

マシンの使い方だけレクチャーしてくれたらいいと、
当初、有川さんはお気遣いをいただいていたが、
どうやらご夫妻と、その機械のエンジニアで、
お店の顔となるようなブレンドを作りながら、大変もりあがったようだ。




「貴方のとこは、エンジニアの子まで伝道師ね、だからこの機械は本物なのね。」
大変、嬉しいお言葉をいただいた。

確かにダイイチデンシに入ると自然とコーヒーに目覚めることになる。
そして奥様も。

いまでは焙煎した日から少しずつ、
スペシャルティコーヒーの味わいや香りが変わっていくのを楽しまれているという。

もちろん、焙煎したての珈琲が美味しいは変わらないが、
実は焙煎日より、3日目の方が美味しかったり、7日目がピークであったり、
スペシャルティコーヒーの独特の香りは、日によって変化する。

「このニカラグアのピーベリーは、もうちょっと先がおいしいわね」
と、ご主人のコーヒーにそっとアドバイスまでされていた。

ご夫婦で二人三脚、そんなナイスなコンビネーションが、
テレビの取材まで来る人気店になられた秘密だろう。





オープンされて、お客様の反応はどうですか?
と有川さんにお聞きした。

「まだまだ宣伝はこれからやけど、
 テレビの効果も期待できそうやし、楽しみ。
 
 あとはコーヒーを美味しいって言ってくれる人が多くて、
 単純に嬉しい。

 ほら、来る人は観光の人が多いから、
 そんな珈琲に期待して来られてないかもやけど、
 最後まで飲んで帰られる方がほとんど。
 いや、残した人は、もう1人かそこらかも。」

「あ、あのかみ合ってなかったカップルね。
 女の子、気まずそうで、コーヒーどころじゃなかったもんね。」と奥様。

どうやら、ひとりひとりのお客様のことを覚えておられるようだ。
観光地のカフェとは思えない。
きっと観光で訪れたそのおひとりおひとりにも、
思い出深いお店となっているだろう。


有川さんのお店のホットコーヒーは、フレンチプレス。



およそカップ2杯分のコーヒーを、ご提供される。
何分か待たれてからできたその珈琲を、
ゆっくり、残さず飲み干されて帰られるという。
時には、お土産に珈琲豆を購入されながら。

「うん、ここはねちょっとだけ駅からは歩くし、嵐山の隠れ家やね。
 ゆっくりしてほしい。
 一番落ち着くのは、この席かな。
 ここばかり座る人もおられるよ。ほっと落ち着ける。特等席やね。」



夏に合わせて、特等席前の絵を、ひまわりに変えられる有川さん。



お店にあるものが、観光地のカフェにはない気品にあふれているのは、
きっと有川さんのセンスだろう。
長年、大きな仕事をされてきた余裕がにじみ出ておられる。




「あと、コーヒーは抗酸化作用もあるでしょ?
 健康に良い。
 私は普段、こっちの専門だから、
 コーヒーが身体に良いということを
 もっと押していきたいわね。」と奥様。

奥様が京都の北山でやられているお店は、
個人用のパーソナルトレーナーのお店。

有川さんのセンスに、奥様のパッション。
お二人の良いハーモニーが、ブレンドコーヒーのようにマッチしている。

そんな先日、「となりの人間国宝」がオンエアーされた。





番組では、定年されてカフェをやるという有川さんに、
奥様が色々と物申され、それがきっかけで、離婚寸前にもなったという。
そんな波乱万丈なエピソードも電波に乗せて、
とても明るくオープンに言われていた。

「お互いが、離婚届を押して、あとは出すだけまでいったのよ!

 それを思うと、私たちを珈琲の世界に運んでくれたのよ、
 この焙煎機。そしてスペシャルティコーヒーの生豆。
 今では夫婦で新しい挑戦が出来て、本当に嬉しいわ。
 美味しい珈琲を、いっぱい広めなきゃね!」

「AriCafe 嵯峨焙煎所」の開店は、
ちょっとしたミラクルだったのかもしれない。

「見て、このマフラー、コーヒーで染めたのよ。
 私、もう珈琲中毒だから」



ゆっくり微笑む有川さん。
嵐山を美味しいコーヒー色で染める、新しい伝道師が目醒められたようだ。


AriCafe 嵯峨焙煎所
撮影・文責 中小路通(ダイイチデンシ株式会社)
2019年8月掲載