「ファーストペンギン 」という言葉を、聞かれたことがあるだろうか。
説明しよう。
基本的に集団行動のペンギン。
よちよち歩くかわいい姿は、ビジネス街で連れ立ってお昼に行くサラリーマンみたい。
そんな群れの中から、もしかしたら天敵がいるかもしれない海へ、
えさとなる魚を求め、最初に飛びこむ1羽のペンギン。
「部長、今日はいつもの定食屋はやめて、その先のエッグベネディクト屋にいきませんか?」と。
その勇気、リスクを恐れず初めて挑戦をする、いわばベンチャー精神を、アメリカでは敬意を込め
「ファーストペンギン」と呼ぶそうだ。
そう、アメリカの親、教師は「ファーストペンギンになれ」という。リスクをとって、起業家になれ、とも。自然、そんなアメリカの大学生の就職活動は、社会にインパクトをあたえるベンチャー企業などへの入社が、大会社より人気。リスクをとって開拓する、そんなスピリットが新大陸に根付いているのだろう。
一方、極東の島国の日本、あるいはお隣の韓国などは、良い大学に行き、大会社に入って、30までに結婚し、35に子供をもうけ、40には課長などの役職に…と、少し前であれば、そんなことを親、もしくは進路指導の先生に言われるイメージ。空気読んで、村八分を恐れるスピリットが根付いているのかもしれない。
しかし、今後はわからない、多様性の時代。
「先生、おれ、ファーストサマーウイカになるよ!」なんていうこともあるだろう。
さて。
そんな令和がはじまる少し前、京都のショールームに、一組の見学のご夫婦が来られた。
お聞きすると、お二人は学校の先生。
ご主人は体育教師で、奥様は音楽教師。もちろん職場結婚、長く勤められてきたが、ご主人の定年にあわせて、お二人ともに学校をやめられ、新しくご商売をされたいと考える中、弊社のサイトをみていただき、面白いと、お住まいの三重県から見学に来ていただいた。
生粋の先生は、社会で働いたことがないから商売下手だという、謎の偏見がある。が、それはこのご夫婦、新田さんにおいては、きっぱり間違いだ。ショールームには気軽にふらっと来られる方も多い中、新田さんは見学される前から、インターネットでしっかりリサーチされてきたよう。予習復習ばっちり。私が最初ご説明するようなことは、すでに事前に頭にいれられてきた。
たとえば、ショールームではよく、うまくいかれているお客さんの話などをする。
私「ハワイの豆だけで、ご商売されているところもあるんですよ」
新田さん「ああ、山形の808Mountainさんですね。あの記事はとても感銘をうけました。」
すごい。
お聞きすると、特に導入店舗さまの記事は、私たちもこの仕事をしようと、まさに自分のことのように見てこられたと言われる。
「告白すると、ものすごくコーヒーが好きで、コーヒー屋さんをやろうというわけではないんです。」とご主人。
「出会いの場になるような場所作りがしたくてね。」
そこに奥様は続けられる。
「最初は、民泊やペンションでもやろうかなんて話をしていたんです、ただあるとき、ふと見つけた貴社のホームページ。そこで見た社長さんのメッセージ、導入店さんの記事、パッと視界が開けたんです。地元でコーヒー屋さんをやることを。」
とてもうれしいお話だ。
その後、焙煎機をしっかりみていただき、ご自分で焙煎をしていただいた珈琲を飲んでいただいた。
「今日来て、人生を再びかけるものができた気がします。学校の先生が、定年して道楽でビジネスを始めたとは思われないように、がんばります。」
と奥様。まるでベンチャー起業の社長のような、静かな、熱い意欲を感じる。
一方のご主人の方。
定年してのセカンドライフ、ぼちぼちやろうや、というちょっと肩の力を抜かれた印象。
少し温度差がある。
人生をちょっとスローダウンさせて楽しもうとされている旦那さん。75℃。
人生をかける何かを探して、見つけられた奥様。95℃。
M-1を目指す漫才コンビなら、息が合わずに一回戦敗退かもしれないが、
珈琲豆専門店をされるには、とても良いバランスに思えた。
コーヒーの適温は 85℃。
力を入れすぎても、抜きすぎてもうまくいかない、
バランスが重要だ。
特に珈琲には、ほどよく抜いて楽しめる要素がたくさんある。
何故なら、珈琲豆は日常品ながら、嗜好品。
よほどの役者でない限り、店主が楽しんでいないと、お客様に魅力を語るのは難しいだろう。
帰られる前、
「いやぁ、いくらするかドキドキしたけど、なんとかなる額でよかった」
とご主人が冗談ぽく、ひとこと。
あまり体育の先生ぽくない、お茶目な感じ、独特のユーモアがあられる。
「私は、そうは思わないです。ホームページを見て、来る前から、いくらでも購入する価値があるのが、はっきりとわかっていました。」
一方の奥様は、まるでオルレアンを解放しろと啓示を聞いた、ジャンヌダルク。
どちらからも、焙煎機屋冥利につきる、ありがたいお言葉をいただいた。
それから半年ほど後、教職も辞され、いよいよ開業へのご相談のため、二度目にショールームに来られた時は、様々なプランをお聞かせいただいた。
お店の予定地は、長らく住まれた、三重県の明和町という少しマイナーな街。
松坂と伊勢の間。有名な観光地にはさまれた、住宅地である。
しかし、珈琲豆も販売する珈琲専門店にはちょうどいいではないか。
参道でカフェをやったりするより、きっと新田さんご夫妻に似合うはず。
「店名はどうされるんですか?」とお打合せの終盤にお聞きしたら、もちろん考えられていた。
奥様は少し恥ずかしそうに、「店名を、ペンギン堂にしたい」と、しかし
はっきりとおっしゃられた。
「どう思われますか?」と。
「ペンギン堂…?ペンギンがお好きなんですか?」
「いえ。嫌いではないですけど。」
コーヒーが好きでコーヒーをやるわけではなく、ペンギンが好きでもない。
動機はよくわからない。
が、キャッチーだ。悪くないだろう。
ふと、ファーストペンギンの話を思い出した。
「もしかして、ファーストペンギンということですか」と私。
「?」と新田さん。
「明和町で、ファーストペンギンになるっていう意味あいで・・」
冒頭の話をする。
「それです、やっぱりペンギン堂で、間違いないです。私たちが、明和町のファーストペンギンになります。」
まるで17歳の少女が、神の啓示を聞いたというように、はっきりとおっしゃった。
松阪や伊勢で、観光客相手にただお金を稼ぐより、地元に貢献したい。
「Roaster & Cafe ペンギン堂」誕生の瞬間。
きっとうまくいくことは、十分に予感できた。
2019年10月1日。
珈琲の日に、無事にオープン。
定休日をお聞きすると、金曜と土曜という。
ビジネス街でもないのに、衝撃的な定休日。
一番、稼げそうな曜日に何か理由があるのか、お聞きすると、お隣さんと共同で使っている駐車場が、私たちが金曜日と土曜日をあけるといっぱいになるから、と。
お隣にとんでもない弱みでも握られているのか心配になったが、そうではないようだ。
地域貢献を考えられているだけであり、お隣にも十分すぎる配慮、お金儲けに邁進というわけではない。
しかし、そんな方は地域に愛された。
その後、常連となるお客様の数は増えていき、いっときは待ち時間が長く、せっかく来ていただいたのに、大変迷惑をかけたと反省されるほどのご盛況になった。
そして月日は流れて2020年9月。コロナ禍。
ひさしぶりに訪問させていただいたペンギン堂さんは、
そんな中でも元気にOPENされていた。
「だんだんペンギンが好きになってきましたよ」と笑われる新田さん。
たしかに店はペンギンだらけ。
これらのほとんどは、様々なお客様からの頂き物とのこと。
お店がOPENして1年近く、たくさんのファンに恵まれた証。
そう、もうすぐ一周年、奥様はそのブレンドづくりにも魂をこめられていた。
最もお好きといわれるインドのポアブス農園を、よりブレンドにいれてその魅力を際立たせたいと、そのお姿は一周年にふさわしいコーヒーマイスター。
コーヒーインストラクターの資格も、当たり前のように取得されていた。
入口には、NOVOと豆の販売コーナー。
そして、NOVOで焼かれたアーモンドも販売されている。
「民泊をせずに、珈琲をして、本当良かったです」
お店には3組ほど、ソーシャルディスタンスを保たれて、くつろがれており、焼き立てのアーモンドの試食もされていた。無料試食とはいえ、小皿にいれられたスペインの最高級アーモンド、太っ腹である。
「コロナになって、少し落ち着きましたけど、一時の忙しさを考えると、これぐらいの方が、自分たちをみつめる機会になってよかったですね。ブレンドをしっかり考える時間もとれたし、カウンター席のお客さんなんかともゆっくり話すこともできるし。」
カウンターは確かに特等席だ。
ご主人のプロそのものなハンドドリップも、アクリル板越しにしっかり見える。
焼き立て、挽きたて、淹れたてのその香りは、マスクを超えて、心までしみわたるよう。
「その席はね、教え子もよく来る席なんです」とご主人。
「いろいろ悩みも多いみたいでね。特にコロナになってからは、大変そうで。」と奥様。
私「なるほど、人生の相談に来られるんですね。何と言われるんですか?」
奥様「うーん、何か言うよりも、話を聞いてあげることが多いですね。そうしたらね、元気に帰ってくれるんですよ。」
うなずかれるご主人。
どちらも、素敵な先生であったことがわかる。
「コロナのおかげで、時間をとれて、しっかり話もきけるようになったし。悪いことだけじゃないんですね。ステイホームの影響で焙煎豆も売れてきて、よりお客さんのご対応にもゆとりが出てきました。」
アクリル板完備、素敵な香りの、まるで放課後の進路指導室。
振り返れば、私は小学校・中学・高校・大学、いずれの先生とも一切連絡は取っていない。
そんな発想がなかった。教わることなど、何もないと思っていたのだろうか。
そういえば高校の頃に一度、年配の国語教師が、ふと私にいったことを思い出す。
「君は、誰かに悩みを相談しないのか?」
「聞いてほしいことなんか、ないんで。」と素っ気ない私。
「いつか君も、誰かに聞いてほしいと思うときが来るよ」とニヤリ笑われた。
「ペンギン堂」とはなんとも素敵なネーミングだ。
誰しもペンギンのようによちよち歩きながら、
社会という荒波に飛び込まないといけない。
教え子だった方たちはおそらく、かつては先生だった新田さんご夫婦が、楽しそうに珈琲屋さんをされている姿を見て、自分も頑張ろうと、元気になられているのではないだろうか。
もちろん新田さんご夫妻は、誰の話でもしっかり聞かれている。
コーヒーだけで3杯、4杯。
カウンターに座った私も、京都に帰らないといけないのを忘れて、
いつもすっかり長居をしてしまう。
誰しもふと、学生の頃に戻れるような、
そんなコーヒーマジックが、「ペンギン堂」にあるようだ。
Roaster & Cafeペンギン堂
文責・撮影:中小路通(ダイイチデンシ株式会社)
2020年12月掲載