人は忘れていく生き物と言うが、
どなたにでも、忘れがたいお客様はおられるだろう。

2017年11月現在、
「NOVOMARKⅡ」を導入いただいた店舗は130超。

たとえば、
無印良品さん、AGFさん、シンガポールのtccカフェさん、
マライカバザールさん、阪急オアシスさん、などなど、
世間でも有名なお客様のお店にも。

そんなキラキラした舞台のお店に導入が決まった時は、
まるで新人バンドが、
NHK紅白歌合戦の出場が決まったときのように
嬉しいもの。

しかし、一生忘れがたいとなると、
意外とそんなキラキラしたステージではなく、
全く実績もなかった頃に、
最初にお買い上げいただいたお客様かもしれない。

私の場合は
大阪、富田林のお客様「珈琲豆の蔵 平蔵」さんご夫婦である。

ご夫婦で来られるお客様、いまでも、ショールームに来られて、
「これ貴方いいんじゃない?」的なお客様には、
いつもはテンションが地を這うように低い私も、
つい張り切ってしまう。

「よくぞ、お越しいただいた!」と、
きっとそれは、恐らく私の最初のお客様の幻影から。

平蔵さんは、ご夫婦で5年ほど前に開業された。

そして私たちも焙煎機を作って売って5年、つまり、
ダイイチデンシが現在の「NOVO MARKⅡ」を販売しだして、
最初にお買い上げいただいたお客様である。

5年前といえば、まだサードウェイブも、ブルーボトルも、
セブンイレブンのレジ横のコーヒーサービスもなかった頃。

作ったはいいが、
「こんなもの、誰が買いますの?」と言われまくった当時、
ご紹介をいただいたのが平蔵さん。

焙煎士さんかと思いきや、
コーヒーがお好きで珈琲専門店を起業されるという。
サラリーマン生活に疲れて、
好きだったコーヒーをやろうと思いたたれた。
そして、他に負けない為に、焙煎機を入れて、
差別化を測りたいと。

なるほど。

「焙煎機は、すでに開業されている
 自家焙煎コーヒー屋さんが買うもの」と思い込んでいたが、
そうではない。

普通の人が買うんだ。

どどどどど素人でも、使える全自動の焙煎機。
社是である「テクノロジーで、おもてなし」にピッタリ来る。

よし!その路線で行こうと、
運良くお買い上げいただいたのをいいことに
作成したホームページには、一人しかいないお客様の声に、
平蔵さんの大特集。

その後、月日は流れて5年弱。平蔵さんはのち、
NHKなどのメディアにも出られ、有名になられ、
数多くのお客様をつかまれた。

そして空前のコーヒーブームが到来、
平蔵さんと一緒にNHKのサードウェイブ特集に出たのも
懐かしい。

私どもの焙煎機も、
おかげさまでベストセラーの仲間入りである。

2017年11月23日。

奇しくも「勤労感謝の日」。

ふらり平蔵さんの店に寄ってみた。

訪問するのは、おそらく1年ちょっとぶりぐらいだろう。

ブログ・インスタグラムなどの投稿は見ているので、
あまり目新しい変化はない。

おちょこで一杯だけ試飲をさせてくれたり、
お茶目な平蔵さんも、変わらないまま。

しかし、焙煎プログラムは進化していた。

「いやぁこんどの新しいイルガチェフは、
 ちょっと悩んでいるんですよねぇ。」

焙煎チャートを見ると、温度、風量、秒数が、1ケタ単位で、
エクセル上で、なだらかな焙煎カーブを描いている。

NOVO MARKⅡには我々が考え抜いた、
焙煎プログラムが既に50パターン搭載されている。

しかしブランクページも50あり、
全部で100パターン本体登録が可能である。
(新規追加・編集・USBでバックアップも可能)

しかし、平蔵さんのところはもう全部がオリジナルであった。

同じ焙煎機なので、およその思想は一緒だけど、全く違う数値。
全て1ケタ単位、繊細かつ優しいカーブを描く。

今日やっと納得できたと仰られるコーヒーは、
抜群の甘い香り。

どどどどど素人の面影はどこにもない。

そして驚くべき事に、平蔵さんの焙煎機は、
一度も我々でオーバーホールをしていない。

通常は車検のように、焙煎時間にあわせて、
平均では1年に1回周期でエンジニアが行って、
日々のコーヒーの油等を除去する
「オーバーホール作業」を要するのだが、
平蔵さんは工夫して、
冷却のときには珈琲の油が本体に入らない様、
別のファンで冷却される裏技を取得されたり、
イチローばりに道具である焙煎機を
大切にしていただいている。

5年間、ノーメンテで、故障無し。

素晴らしい。

100点満点のお客様である。

いくら良いものを作っても、誰にも使ってもらえなかったら、
それはただの趣味。

それが、最初から100点のお客様が購入されていたなんて、
なんと有り難いことだったのだろう。

帰り際に、ご自分で考えられた、
焙煎プログラムのエクセル表を、私にいただいた。

それは長年の歳月の集結、
貴重すぎるデータを、まるで隣からもらったおはぎのように、
ちょっとこれ持って帰られませんか?的な感じで。

「元々入っていた焙煎プログラムよりは
 大体2分ほど短いんです。
 これでいいのかの正解はないんですけど、
 これでもいい香りと味なんですよ」と。

門外不出の焙煎データを、そっと持たせていただいた。

5年の間、最も進化したのは、実は焙煎機でも焙煎士でもない。

おそらく、珈琲生豆のクオリティ。

昔ではなかったような品種、精製法、シングルオリジン。

私たちがそれらを常にウオッチしながら、
焙煎プログラムに反映するため、バージョンアップしたり、
またより短時間で美味しくできないか、
日々試行錯誤しているのを、知ってか知らずか。

これは明日、すぐに試してやろうムフフと、
ひとりニンマリしながら、そそくさと富田林をあとにした。

人はすぐに忘れてしまう生き物だという。

一生、忘れ得ないお客様とは、
一生のお付き合いをするお客様のことかもしれない。

私どもも忘れられない様に、日々精進です!

珈琲豆の蔵 平蔵

文責・撮影 中小路(ダイイチデンシ株式会社)

2017年11月掲載