白衣が似合いそうな。
そんな科学者風の方が、ショールームに来られたのは、3年と少し前。

カフェの専門学校を卒業される、カフェを開きたいと言われる広田さん。


前職をお聞きすると、まさに正解。
有名なメーカーの研究開発部門の方であった。

そして、その長年勤められたそちらの会社を早期退職され、
第二の新しい人生を始めるため、好きなコーヒーをお仕事にすべく、
カフェを開きたいとのこと。

理系から文系的な感じですかね?と軽く聞いていると、
広田さんは少し落ち着いたトーンで言われた。

「今までの人生をふと振り返ると、ずっと研究一本で。
 そして40歳を越えるとあまり誰かと話すこともなく、
 より研究に没頭…で、今50歳。
 急に、もっと誰かと話して、そしてコミュニケーションができる。
 そんな仕事もしたくなってきたんです。」

時はコーヒーサードウェーブが京都にも少し浸透しだした2016年。
一念発起にはちょうど良いタイミング。

研究熱心な広田さんは最低限の知識からと、
短期のカフェ学校に通われ、
ご卒業されたのちは、とあるカフェ開業コンサルの方に頼られた。
「なにせ、ど素人ですから」と。

そのコンサルの方は、
今からは焙煎機のあるロースタリーカフェが良いだろうと、
弊社製NOVOとは違う熱風式の焙煎機を勧められた。

もちろんそのコンサルの方は、それの販売代理店をされている。

広田さんもそれを購入するつもりであったが、
調べれば調べるほど、どう考えてもこちらの焙煎機、
NOVOの方が良いのではないかと、あまりにも気になり、
内緒で訪問されたという。

コンサルの方としては予想外であっただろう。

しかし、広田さんはさすが長年、超一流メーカーで勤務をされていただけあり、
仕事のど素人ではない。

自分で見て納得したいと、しっかりとしたご自分の基準を持たれた方であった。

一方の我々の2016年は、
やっと販売台数も伸びてきたことから、とある気づきを得ていた。


開業されて第二の人生を開かれた方が、NOVOオーナー様の約4割、
つまり最も多いお客様だということ。

そう、私たちは焙煎機をただ売っているのではなく、
第二の人生を始めるのに必要な舞台装置を販売していたのである。
なんと誇れる仕事であろうか。

そのため焙煎機だけでなく、
安定して供給できる生豆約70種と、コーヒー備品も取り扱い、
そしてご希望あれば、
開業までの無料アドバイスをさせていただくことにしている。


「コンサルの言うことなんて聞いても、あまりいいことないっす。
 大体、そんな教えるほどのノウハウがあるなら、
 自分でやらはるんじゃないですかね?」

などと、よくあるコンサル批判をここぞとばかり畳みかけた。

カフェ開業コンサルよりも、
カフェを開業されるのを想定としている焙煎機屋の言うことを聞くべきだ、と。
傍から見れば、どっちもどっちであろうか。

しかし、私たちの方が焙煎機を一から自分たちで作っている分、想いは強い。
そして何よりご相談だけなら無料である。

そして、広田さんは私たちのマシンを見て、ビビビと来られたようだ。
研究者らしく、かなり突っ込んだ技術的なご質問もされたが、
私たちの製品については私たちが一番よく知っている。
結果、強くご納得をいただいた。


「では、もう御社に、開店までを、全てお任せしますね。」

「え?全てですか?」

「コンサル料もお支払いするので、是非お願いします。」

と広田さん。

「いやいや、コンサルじゃないので、無料で良いですよ」と私。


いまさらけちょんけちょんに言ってきたコンサルと同じ仕事は出来ない。
あくまで無料相談の範囲で、それでもいいですか?とご提案。

「わかりました、ではまずは、
 店舗デザインから、店名から、あとはメニューから、
 全部一緒に考えてもらえませんか?」


す、すでに無料相談の範囲を大きく超えている…。

そんな気はしたが、
そこまでのご信頼をしていただいているのだと。

いっちょ、同じ京都なのでやってみるかと、やや重い腰をあげた。
コンサルって結構大変な仕事かもしれない…と気づきながら。

しかし、多少腰をあげさげしてみたところで、
私に店舗デザインなどはできない。

そこで、たまたまプライベートのご縁で親交があった、
京都の空間デザインの巨匠、株式会社スペースの杉木先生をご紹介することに。
題して「プロ中のプロを巻き込めば、何とかなる大作戦」である。


よし、では、まずはご予算にあうよう、
杉木さんに直接ご相談にいきましょうと、
京都のど真ん中のスペースさんの事務所にお邪魔をした。

杉木さんは、60歳を超えても現役バリバリ。
後期のデビッドボウイと坂本龍一を足して二で割ったような、
所謂カリスマ的な風貌…ちょっと怖い印象がある。
その辺の小学生が見ても、ガチの天才だということは伝わるだろう。

一方の広田さんは、
レベル1でいきなり竜王の城に放り込まれたような顔をされていたが、
杉木さんの優しい人柄が幸いし、徐々に想いを伝えていただくことができ、
杉木さんも話をうんうんと聞いていただけた。

そして、最終段階。

「あの…予算はこれぐらいなんですけど…」

と広田さんがおそるおそる切り出された。
京都で泣く子も黙るような銘店のデザインをされてきた杉木さん、
正直なところ、安めの金額であった。

「………なるほど。」

一瞬、竜王にボコボコに、熱風焙煎される広田さんを想像してしまったが、
一縷の望みはあった。


二流は金額で仕事を受けるが、一流は想いで仕事を受ける、と聞く。
その点、杉木さんは超一流だ。


「わかりました。施工も私の知り合いに頼んで予算でおさまるよう、なんとかします。
 家具類は…IKEAとかに買いにいきましょうか。」

と、ニッコリ、優しくおっしゃった。

「おおー、超ラッキー、さすがー!」と言いかけたが、
広田さんが物凄く感動されていたので、声に出すのはやめにしておいた。

思えばそれが、広田さんの第二の人生が始まった瞬間だったのかもしれない。

後日、店舗予定地の下見を経て、それから10日ほどたち、
私と広田さんは再びスペースさんで、
その時は仕事の早い杉木さんのデザイン画を見ながら集まった。

スタッフの方に聞くと、
他のお仕事をお待たせている中、優先して作り上げていただいたようだ。
何故、巨匠がここまでのっていただいたのか、今もよくわからない。

「めちゃくちゃカッコいいですね、
 本当に僕がこの店のオーナーになれるのかと、ワクワクしてきました」
とは広田さん。

私もこんなカッコいいお店の目立つところにマシンを置いていただけて、本当に幸いだ。
めちゃいい宣伝になるやん…とんだ我田引水コンサルである。

「ところで広田さん、店名はどうされるんですか?」

と杉木さん。

「いや、それはプロデューサーに考えてもらいましょう。
 私にはそんな、みなさんのようなセンスがないんで。」と広田さん。

コンサルではないと言い張る私に、
広田さんはいつしかプロデューサーと呼ぶようにされていた。
そう言われると、ちょっと気分はいい。

「え?あ、そうですね… 広田さんのコーヒー屋さん…ヒロコーヒーだと、
 ちょっと他に有名な店があられるんで…
 あの、ヒーローズコーヒーってどうでしょう?」

デビッドボウイ似の杉木さんを見ながら、
ふとデビッドボウイの名盤「ヒーローズ」というアルバム曲を想いだした。


サビの歌詞は
「YOU CAN BE HEROES,JUST FOR ONE DAY」
“君もヒーローになれる、だった1日だけ。”


「最近、家庭内は女性が仕切っている時代じゃないですか?
 結婚して、子供生まれたら、夫はいつしか最下層みたいな…
 でも旦那さんがコーヒーを豆から挽いて、家族にも淹れた瞬間、
 その時だけはヒーローになれるよ、みたいな…」

「いい、それ!」と広田さん。杉木さんもいいね、と一言。

早速、今度はまた違うグラフィックデザイナーの方に、
そんなコンセプトで「HEROES COFFEE」のロゴマークを作るように依頼。
そのデータを杉木さんに送り、店頭にデカデカとかかげていただいた。

ロゴマークの下には、歌詞を少しオマージュ、
「BE A HERO, JUST FOR ONE CUP」と入れた。

君もヒーローになれる、たった一杯だけなら。

この店名を決めたときのコンセプト。
これを広田さんが、その後も、
こんなにも大切にされるとは、その時は気づかなかった。

そして店舗ができあがり、

メニューブックができあがり、

焙煎機ができ、

アルバイトさんの募集と教育、いよいよ開店となった。

そこからは広田さんのひとりでのスタート。

開店まで一緒にいた魔法使いたちが一気にいなくなったような、
そんな心細さもあられたかもと思う。

しかし、
私は頑張る店主の生き血を毎月、顧問料として吸い続けるようなコンサルではない。

第二だろうと、第一だろうと、
人生はご自身の手で、
ひとつずつ歩んでいっていただくべきだと私は考えている。
何故なら、広田さんはそれが目的で独立されたのだから。

そして、私たちは安定して美味しく珈琲を焼く焙煎機と、安定供給する生豆で、
その日々をサポートする。

さて、スタート。

入口と屋根にデカデカと書かれたCOFEEEという看板、
国道沿いで目立つ外観から、さほど宣伝をされなくても、
充分ではないが、ちょこちょこはお客様が来るとのこと。

また豆の販売用のメニューブックも功を奏したのか、
少しずつだけど、豆が売れてきて良かったとお聞きした。

しかし開店当初は、まだまだ広田さんは不安そうであった。

「みんな外観から、物凄く期待して入ってこられるし、
 ややマニアックな珈琲のご質問も多い。それに応えていけるだろうか」と。

私も少し応援になればと、近所の友人などにも紹介をしていたが、
しばらくすると、友人から少し心配になるレポートが上がってきた。


広田さんは来客があると、信頼されている優秀なアルバイトの方に任せて、
スッと裏に行ってしまうこともあるという。

特に見た目が気鋭のラッパーのような私の友人が行った時は、
一目散に奥に引き込まれ、お呼びしたら出てこられたそうだ。

そのあたりは、やはり研究者色が強かった広田さん。
元々ちょっとシャイなところもあられ、
接客も初めて。

立派な「杉木デザイン」と「最新鋭の焙煎機」が、
逆に少し荷が重く感じられているようであった。

「なんでこの焙煎機はもっと普通のじゃないの?」
って言われるんですよ、とは広田さん。

普通なら他にないアピールポイントなのに、
ちょっとクラスで目立ってしまってとまどう、思春期の学生のようでもあった。


実はデザインの時、杉木さんともその話になり、
豆販売以外は、フルサービスの接客をしなくてよい、
セルフコーナーにしようと決めた。
豆を買う人だけに集中すれば、広田さんは生粋のコーヒー好きなので、話があう筈だと。

しかし、その広田さん、セルフサービスには忍びないと、
アルバイトの方を入れられ、実際にはフルサービスに近い対応をされている。

人件費もよりかかるのに勿体ないところではあるが、
そうか、確か最初に、お客様とふれあいたいと言われていたなぁ、と気づく。
今はまだそれが慣れておられないだけなんだ、と。

そして月日は流れて一年。

お店にはそんな控えめながら、
実はお話も好きだという広田さんが好きだという常連さんが多くおられた。
やはり、オーナーさんが毎日おられる店は強い。

京都の醍醐周辺では、有名なお店になってこられた。
また杉木デザインの店内の居心地の良さから、色々な方とコラボイベントも開催され、
多くの仲間やファンも得られるように。

自信を深めてこられた広田さん、
開店して数か月後にできた、目の前のコメダ珈琲にも、
全く影響はないこともないが、そこまでではない、と言われる。

開店直後に、もうすぐ出来ると聞かれたときは、
とても心配されていたのがウソみたいに。




2年後には、欧米向けのプロモーション動画にもご協力いただき、
ヒーローズコーヒーさんならではのサービス、
「生豆から貴方だけのブレンドコーヒーを作る」というサービスもご披露いただいた。

そのプロモーション動画はこちら

そして3年経ち、
ある日、この原稿の取材に訪れた。

相変わらずデビッドボウイの曲が流れて、心地よい空間。
セルフコーナーには5組ほどの先客。

しかし相変わらずのフルサービス、
オープンまもなくからおられる優秀なアルバイトの方と広田さん。

気づけばもう3周年ですね、と、思い出話にも花が咲く。

「めちゃくちゃ楽しくて仕方ない毎日ですけど、
アルバイトの方もいるので、これでもう少し儲けられたら、完璧。
豆で持ち帰ると消費税も8%のままだし、
もっと豆で家でも飲んでもらえるように、美味しい珈琲のPRも頑張りますよ!」
と、広田さん。

NOVOのPRも、もっとしたいと、嬉しいお言葉も。
そして自然と話はそうなるための、
次のコーヒーのワークショップ企画の打ち合わせに。

そんな中、少し以前と様子が違うことに気づいた。
打ち合わせ中もお客さんが来られる度に、
ちょっとすみませんと、席を立たれること。

かけられる言葉は、ひとことふたこと。そして戻ってこられる。

そしてお客様は豆を購入されて帰られたり、
店内に静かに一服されたり、自由に過ごされる。
広田さんがオーナーだからか、少しシャイで静かな方が多い印象。
きゃいきゃい話したい人は、目の前のコメダ珈琲さんに行くのだろうか。

そして、店内で飲まれていた方が帰られるときも、
またちょっとすみません、と席をたって、お客様を見送られる。

「広田さん、接客のスタンスが変わられましたね。」

「そうかなぁ?でもほら、
 一杯飲む間は、誰でもヒーローになれるって、あの言葉。
 僕はそういうお店をしてるんです。」

お客様ひとりひとりにヒーローになってもらいたい、
本当にそう思っておられるうちに、
広田さんしかできない接客を身につけられていたようだ。

お客様を見送り、凛とたつ広田さん。
それはまるで、ヒーローを送り出す、仮面ライダーを作った科学者のよう。

「BE A HERO, JUST FOR ONE CUP」

やはり、白衣が似合いそうな背中から、そんなメッセージが伝わってきた。

これは恐らく第二の人生ではない、
第一の人生のご経験があっての、新しい第二章。
まるで、醍醐のマッドサイエンティスト。

お客さんを心からいやす、はげますようなコーヒーを日夜、
研究され、お客様を見送られている。
そんな日々は「楽しくて仕方ない」と言う言葉がピッタリだ。


HEROES COFFEE
撮影・文責 中小路通(ダイイチデンシ株式会社)
2020年1月掲載