以前、とあるご婦人より、
コーヒー豆を購入して最も残念なひと時の話を、
お聞きしたことがある。

それは、とあるコーヒー専門店で、
思い切って、超高級豆「ゲイシャ」を購入されたときのこと。

半額でセールになってたらしい。

普段100g 4800円のものが、
半額の2400円。(それでも高額だが)

楽しみで、家に買って帰ったら…香りもそれほどなく、
何より、お湯を注いでも、全く膨らまなかったといわれる。

スン…と粉に、吸い込まれていくだけの、そのひと時は、
そのゲイシャが、焙煎され、長い時間を経て、
売り場でも長い時を刻まれたことを、知ることになる。

「まるで回転寿司で、思い切って中トロを頼んだら、
 レーンで流れてるようなカピカピになってたものを、
 へい!お待ち!と渡された気分よ」

と言われて、その的確な表現に、ちょっと笑ってしまった。

チーズ、生ハム、ワインみたく、
しっかり保管して熟成することで価値が上がるものもある。

しかし、コーヒーはフルーツ、生鮮食品とも言われる。
本来、鮮度がないものは、
その価値はなくなってしまうはず。

これは当たり前のことに思えるが、
実はコーヒーの専門店でも、
それがまだ当たり前として追いついていない。

そして、それは高級な豆ほど、
買えるお客様の数が限られるので、売れ残りやすく、
売る方も、廃棄するには惜しすぎるという、負のスパイラル。

コピルアックに、ハワイコナ 、ブルーマウンテン。

贈答ででいただくこともあるような、
これら高級品は、結果として、(まだ比較的回転の早い)
コンビニコーヒーより鮮度がなかったりし、
支払っている金額に、その価値が見合っていないことが多い。

「コンビニよりまずい、専門店がいっぱいありますよね」
なんて。

あるとき、このお話を、百貨店の方にすると、
やけに共感された方がおられた。

保守的イメージの強い業界、
そんなもんでしょ?と言われるかと思っていた私には
意外なご反応。

そして、しばらくして、弊社の焙煎機、
NOVO MARKⅡを導入いただくことになる。

百貨店も今や革新をしていかないと
生き残れない時代かもしれない。
新しい感覚の方が、
私たちの製品に目を止めていただいたようだ。

そこで、従来の百貨店のコーヒーコーナーにない、
「鮮度」にこだわることを決心され、
新しいブランドを作られた。

それは、関西の百貨店の雄、近鉄百貨店さん。

その新しいコーヒーブランド、
「THREE MOUNTAIN COFFEE」は、まず奈良県の橿原店。

その「橿原焙煎所」から、2018年3月にスタートされた。

600色から選べるオーダーカラーは、
まばゆいばかりのイエロー。
(お客様による誤動作防止の扉も付属)

コンセプトは
「あなただけの新鮮なコーヒー」

地階の食料品売り場、
いわゆる、デパ地下が焙煎所になったのは、全国初、
いや、世界初の試みだろう。

「いや、うちの地階でも、
 有名なコーヒーロースターさんの専門店がある」と、
例えばこれまた関西の雄、
阪急百貨店さんは言われるかもしれない。

確かに、焙煎されて間もない豆は、
他の百貨店の売り場にも、既に持ち込まれていることだろう。

しかし、その豆が売り場で、徐々に時間が立ち、
先ほどの回転寿司の中とろのようになっていないとは、
言い切れない。

少なくとも、その時間経過を、
お客様が売り場で把握することは、できない。

しかし、近鉄百貨店さんでは、店内で、
なくなった分だけをその都度焙煎。

そして、お客様に分かるよう、賞味期限だけでなく、
「焙煎日」の記載までもがされている。

うちは新鮮だよ!というのは誰でもできる。ただ事実を日々、
黙々と記載し続けるオペレーションをすることは、
なかなか難しい。

「ウチではNOVOのおかげで、これができています」

とは、このプロジェクト担当のY氏のお言葉である。

焙煎日の記載、
これはそのうち、グローバルスタンダードとなるだろう。
焙煎機のある、スターバックスロースタリーなどでも
そうであるように。

さらには、お客様のオーダーを受けてから、
焙煎することもされている。

オーダー時に、好みの焙煎度までも選択できる。
だから「あなただけの新鮮なコーヒー」である。

そこには
有名なロースターさんの、知識や好みの押し付けはない。

コーヒーは嗜好品であり、好みは人ぞれぞれだから。

同じ農園の豆でも、焙煎レベルが一つ違えば、
それはもう別の商品である。

Yさんは、実は元々はワインのご担当で、
コーヒーのプロフェッショナルの方ではなかった。

それがメキメキと、コーヒーの知識を吸収され、
開店にこぎつけられたのは、
いろんなコーヒー専門家のご協力もありながら、
Yさんの異業種の方ならではの視点、こだわりに他ならない。

例えばこのチップは、温度と湿度を測るセンサーで、
ずらりと売り場に並ぶ、各産地の生豆ボトルに入っていた。

温度管理はとても重要だと。

それはYさんのスマホアプリにて常にロギングされており、
温度と湿度がその環境にそぐわなければ、
別の場所に移したりと、徹底した生豆の品質管理をされている。

もちろん、バックヤードにある生豆も
保冷庫にて15℃の環境で管理されている。

きっとこれはワインをやられていた、ご経験もあるだろう。

部屋の温度を見る温度計はよくあるが、
ボトル内の温・湿度まで計るとはすごい、
コーヒー界でここまでしている人は、私はあまり知らない。

生豆の品質も、X線や光センサー、金属探知機で、異物を除去、
焙煎後も、ハンドピックならぬ、ピンセットピックにより、
焙煎豆をまるで、宝石のように大切にされている。

スタッフの方は、コーヒーに唾などが入らないよう、
「マスケット」と言う器具をつけられ、
全員がガッチャマン隊員のようだ。

「焙煎所」というと、私服にエプロンの子汚い親父が、
焙煎が上がった豆を素手で掴み、
袋に放り込んでいるイメージがある。

抽出時に、その親父の手の脂が、入っていると思うと、
ゲイシャもハワイコナ も、その価値は激減である。

しかし、そこは百貨店のクオリティ。
そんなクリーンで、安心安全なコーヒーに、鮮度と、
カスタマイズがある。

しかし、Y氏は少し悩んでいた。
「前にここにあったコーヒー屋さんの方が私は好きやった」と、
とあるお客様に言われたという。

ワインのご経験も生かされながら、味や産地の傾向、
ブレンダーとしても、面白いブレンドを次々と生み出され、
開店して絶好調の売り上げの中、
そんなお悩みがあったとは驚いた。

「前にあったコーヒー屋さんのブレンドが、
 ロブスタが配合されているものもあり、
 ビターなパンチがあったのは確かです。
 うちはアラビカ100%でやっているので
 ちょっと綺麗すぎて、物足りないと
 言われることもあるんです」

確かに、新鮮で品質がいいからといって、
100%の支持は難しい。

特にコーヒーとはこんなもの、という固定概念があると、
華やかな香りで、
透き通るような味のスリーマウンテンブレンドは、
ちょっと物足りないかもしれない。

そこで、開店時に作られたブレンドのレシピは、
少しお客様の声に合わせてリニューアルされていた。

「ブレンドしてる一つの産地を、ウオッシュドから
 ナチュラルに変えてみたんです。
 コクと香りのパンチが少し増しましたよね?」

少し、楽しそうに言われるそれは、
お客さんと向き合っての自信が覗かれる。

豆の原価が上がったので、より安い組み合わせのブレンドを
リニューアルするファストフード店のものとは訳が違う。

隣におられた店長は、開店後の評判に、
上々の手応えのようであった。

中でも、

「こんな美味しいコーヒーは、飲んだことない」

と、言われることも多いと言われる。

「3日に1回来られて、
 100g買って帰られるお客様もおられるんです。
 本当に嬉しいですね。
 鮮度を大切にしている私たちのコンセプトを、
 本当にご理解いただいているんだと思います」

取材中、4名おられたスタッフさんは、どなたも明るく、
さすが百貨店さんといった接客をされていたが、
始まってまだ1ヶ月とは思えないほど、
誇りと自信を持たれているように思われた。

それはきっと、やましいところが何もないからだろう。

少し鮮度が落ちてきたからと、
「パナマ ゲイシャ 半額セール!」なんて商品を売って、
安心しているコーヒー専門店とは、全く違う。

しかし、まだまだ1店舗目であると、
Y氏は気を引き締められる。

どのようにスムーズに
「あなただけの新鮮なコーヒー」を届けられるか、
今、実験をされている。
その先にある、大きなビジョンを見据えて。
ただひととき、儲けて終わりではない。

お客さんと向き合われて、
新しいコーヒー文化を、作ろうとされている。

素敵な人たちと、ともにビジョンを描いて、
働けることは、本当に嬉しいことだ。

近頃はインスタグラムやFacebookをはじめとする、
いいね!が全盛の「共感」の時代。

きっと、このような真摯なご姿勢は、
多くの人の共感を呼ぶだろう。

奈良から始まったデパ地下の
「あなただけの新鮮なコーヒー」は、
きっと大きなうねりになる。

これからは、共感の時代から、共鳴の時代になる。
私たちダイイチデンシにできることは、まだまだあるだろう。

スンとも言わないコーヒーをなくし、
魔法のような香りに、ポチッと変える。

新しい当たり前を描いていただく、
そんな新しい挑戦を共に鳴らして行きたい。
そんな素敵なお客様がまた一つ。

THREE MOUNTAIN COFFEE 橿原焙煎所

文責・撮影:中小路通(ダイイチデンシ株式会社)
2018年4月掲載